涙の分だけ

朝、店に向かって海岸通りを走っていると海には白波が立っていた。ケアンズにトレードウインドが吹きだした。トレードウインドとは4月の中旬ぐらいから10月下旬ぐらいまで南から北に向かって吹き付ける貿易風のことで、この風がコンスタントに吹き出すといよいよケアンズは本格的な乾季のシーズンを迎えだす。


自分はウインドサーフィンをしていたのでいつもこの季節を待ち望んでいた。かなり昔に遡るがまだ30代の頃に初めてケアンズでウインドサーフィンをしたのがグリーン島だった。それから26年あまり経った今も風が吹いた日には海に出たいと思う気持ちは切れていない。いつかまたこのケアンズの海でと思っていたら、いつの間にか還暦に近ずいてしまった。


最後にもう一度、自分が一番好きだったヨーキーズノブの海でウインドサーフィンをしてみたいと思うがもう叶いそうにない。 今朝、かみさんと二人で苔玉を作っていた時、突然かみさんが「もうこんな生活は嫌だ」と泣き出してしまった。同じように好きなことが何も出来ない苛立ちからだろうか、かみさんももうこんな何の楽しみもない人生に耐えられないのだ。


去年のクリスマスにヘレンカミンスキーの帽子を買ってくれたローカルの夫婦がまた訪れて、奥さんの誕生日である今日、旦那さんがヘレンカミンスキーの帽子を再び奥さんにプレゼントした。大きなプラントもいっしょに添えて、大切な日の贈り物にうちの店を選んで買ってくれた。自分も調子に乗ってハッピーバースデーの歌を歌ってチョコレートをプレゼントした。


かみさんの涙を見るのは自分も辛い。こんな生活から早く脱出してまともな人生を送りたいと思う。ただ、今の自分たちにあるのはこの店だけだ。ウインドサーフィンは出来ないけど今日みたいな日があれば救われる。今年は何も送れなかったが、次のかみさんの誕生日にはこの涙の分だけプレゼントを届けたい。